●病態
振戦の中で最も頻度が高いのが本態性振戦である。有病率は人口の2.5~10%とされ、65歳以上では5~14%に認められる。高齢者に多い一方、若年発症の本態性振戦もあり、発症者の年齢の分布は20歳代と60歳代の二峰性になる。
本態性振戦は家族歴が見られることが多い。本態性振戦は他の疾患などによる二次性の振戦が除外され、神経学的診察では振戦以外の所見をみとめず、画像所見においても異常所見を伴わない、病態の不明な振戦といえる。
●症状
本態性振戦は姿勢時振戦が基本で、単純動作時にもみとめられる。手首を進展・屈曲させる様な手、前腕のふるえが最も多く、頭部の頸を縦や横に振る、声の震え、下肢や下顎のふるえの順となる。振戦周期は4~12Hzの範囲にある。一側性に発症することがあるが、経過とともに両側性となる。振戦に軽微な左右差はあっても一般的には対称的である。振戦はゆるやかに進行し、他の身体部位にも出現することがある。ふるえの振幅も次第に大きくなる。ほかの振戦と同様、精神的なストレス、いらつき、性的興奮、中枢神経興奮剤、疲労、感情の高まりでふるえが増強される。
食事の動作やコップを持つ動作などでふるえが強くなる。しばしば、書字や摂食動作、衣服を着るなどの障害の原因となる。アルコール飲用は本態性振戦の患者の50~90%で振戦を軽減させる。アルコール飲用によって振戦は45~60分間軽減されるが、その効果が消失したあとはむしろ一過性に飲用前よりも増強される場合がある。振戦を軽減するために必要なアルコールの量には個人差がある。
●診断基準
両側性の手と前腕の姿勢時または運動時振戦で、持続的である。振戦と手首固化徴候を除いたなんらかの神経学的徴候がある場合は除外される。心因性、薬剤性、外傷性、内分泌異常など二次性の振戦を除外する。
●治療
1.治療の開始時期と治療法
治療の開始時期は、振戦による日常生活動作への影響や社会生活への影響を考慮し判断する。頭部振戦や上肢振戦が会議やスピーチなどの機会に悪化し社会的影響がある場合などは治療対象になる。治療法には、主に薬物療法、ボツリヌス療法および手術療法がある。
2.治療のアルゴリズム
1)振戦軽度
機会内服(β遮断薬、抗不安剤)
2)振戦中等度以上(ADLの障害がある場合)
定期的内服(β遮断薬、抗不安薬、抗てんかん薬)
効果不十分であればボツリヌス毒素療法、手術療法を考慮。
頭部振戦、音声振戦であればボツリヌス毒素療法が有効。
3.薬物治療
第一選択薬:インデラル、インデラルLA、アルマール、プリミドン
第二選択薬:リボトリール、ワイパックス、コンスタン、デパス、ガバペン、トピラ、エクセグラン
処方例)
アルマール(5) 2T 分2から開始し、最大20mgまで増量する。
その後、リボトリール 0.5~1.5mg追加する。
・ β遮断薬(インデラル、インデラルLA、アルマール)
有効率50%。抗振戦作用はインデラルをはじめとした非選択性/ISA(-)β遮断薬において強く認められる。末梢の筋紡錘等に分布しているβ2 受容体を遮断することにより振戦を抑制すると考えられている。β遮断薬の共通の注意すべき副作用としては、徐脈、房室ブロック、低血圧、気管支痙攣などがあり、また、治療中糖尿病患者においては低血糖症状を隠蔽する。したがって、高度徐脈、気管支喘息、不安定な心不全、糖尿病を合併していないことを確かめた上で投与を開始する必要がある。腎不全では慎重投与となる。
インデラルは血液脳関門を通過しやすく、大量投与で抑うつ、幻覚などの精神症状発現が報告されている。インデラルは比較的低用量では本態性振戦に対する効果が弱いと考えられる。本邦では30~60mgで治療することが多いが、北米における推奨用量は初期投与量1日80mg、維持量120 ~ 240mgで、症例によっては1日640mgまで増量可能とされている。1日3回服用のインデラルに対し、インデラルLAは1日1回服用ですみ利便性に優れている。
アルマールは我が国で開発されたβ遮断薬であり、本邦においては本態性振戦を適応疾患にもつ唯一の薬剤である。非選択性β遮断作用に加えて、弱いα遮断作用を有しており、ISAを持たない。インデラルの約2~5倍のβ遮断作用を有し、血液脳関門を通過しにくい特性をもつ。1日量10mgから開始し、効果不十分な場合は1日20mgを維持量として2回に分けて経口投与する。なお、年齢・症状等により適宜増減するが1日30mgを超えないこととする。
・抗てんかん薬(プリミドン、リボトリール、ガバペン、トピラ、エクセグラン)
プリミドンは四肢振戦に有効で、インデラルと同等の有効性(50%)が得られている。プリミドンは12.5mgあるいは25mg眠前投与より開始し、効果がなければ1日量250mgまで増やすことができる。副作用は投与開始時に比較的多く見られ、吐き気、嘔吐、ふらつき、めまい感、認知機能障害の悪化などがある。短期の副作用はプリミドンに多く、長期の副作用はインデラルに多いため、その点を考慮して選択する。プリミドンとインデラルの併用療法も報告されている。トピラ、ガバペンは上肢振戦に有効(30%)という報告がある。
プリミドンは1錠250mgで眠気が強いため、散剤25mgあるいは12.5mgを処方する。
・抗不安薬(ワイパックス、コンスタン、デパス)
コンスタンは振戦に有効であることが報告されている。10~30%の有効率。
●振戦の分類と鑑別疾患
1.静止時振戦
動力に逆らわない安静状態の体の部分で観察される。3~6Hzの振幅の大きい振戦で、随意的な動作で軽減される。パーキンソン病、薬剤性パーキンソニズム(抗精神病薬等)が考えられる。
2.動作時振戦
・姿勢時振戦
前腕を前方に挙上するなど重力に逆らって随意的に肢の姿勢を保ったときにその肢に観察される振戦で、手・前腕に出現することが多い。4~12Hzの振幅の小さい振戦で、随意動作で増強される。ストレス等による生理的振戦、薬剤性振戦、アルコール離脱、本態性振戦が考えられる。
・単純運動時振戦
肢の姿勢保持につづく動作中、持続的に観察される振戦。振戦周期は3~10Hzで、目標を目指した動作でも振戦の振幅に変化はない。本態性振戦が考えられる。
・企画振戦
目標を目指した動作で目標に近づくほど振戦が増大する。振戦周期は5Hz以下が多い。小脳病変、薬剤性(リチウム、アルコール)が考えられる。
・タスク特異的振戦
特定の作業のときだけに振戦が発現する。4~10Hz。書字振戦や楽器演奏家の振戦が考えられる。
・等尺性運動時振戦
一定の抵抗に対抗して筋を等尺性収縮させた際に出現する振戦で、生理的振戦や重いものを持ち上げたまま維持するときなどに認められる。
3.混合性
重度の本態性振戦、非典型的パーキンソニズム、ジストニア振戦など。
●振戦の鑑別疾患
・甲状腺中毒症、高アドレナリン状態
生理的振戦の増強。振戦のある肢に重りを負荷すると振戦周期が1Hz以上低くなる。疾患治療や原因除去で振戦は消失。
・中毒性、薬剤誘発性振戦
生理的振戦の増強の場合、通常姿勢時と運動時振戦の混じったものが多いが、薬剤の種類や中毒の程度によって、静止時振戦や企図性振戦の場合もある。皮質性振戦の場合もある。振戦のある肢に重りを負荷すると振戦周期が1Hz以上低くなる。疾患治療や原因除去で振戦は消失。姿勢時振戦や運動時振戦は全身性のことがある。抗精神病薬で生じる静止時振戦はパーキンソン病の振戦と区別が難しいことがある。Asterixisやミオクローヌスを伴う不規則なリズムで身体全体に生じることが多い。
・皮質性振戦または律動的皮質性ミオクローヌス
不規則高振幅(~7から14Hz)。姿勢時と運動時。皮質性ミオクローヌス、Giant SEPの出現、C-reflexの増大。
・局所性、全身性、タスク特異的ジストニア
罹患部位およびほとんどジストニアのない他の身体部位。ジストニア。
・パーキンソン病
静止時および動作時振戦。時として動作時振戦のみのこともある。無動、固縮、小刻み・突進歩行、小声、仮面様顔貌、静止時振戦など他のパーキンソニズム。
・小脳核出力経路(上小脳脚および小脳核)
上下肢の企図振戦。姿勢時振戦はほとんどない。病変が視床腹外側核近傍にある場合をのぞい
て、他の小脳性運動失調。
・赤核振戦,中脳振戦またはHolmes振戦
静止時振戦と企図振戦の混在.赤核近傍の病変で黒質線条体路と上小脳脚が障害されて生じる。常に脳幹や小脳障害による症状を伴う。頭部外傷や脳血管障害が多い。通常一側性で振戦周期は2~5Hz。
・起立性振戦
起立時に生じる体幹と下肢の姿勢時振戦。上肢にも振戦が生じることがある。歩行時にはふるえや不安定性が緩和・消失する。振戦が高頻度(14~18Hz)。同側・対側の筋収縮が同期性。
・ニューロパシー
四肢の姿勢時および運動時振戦。振戦とニューロパシーの程度とは相関しない。末梢神経障害による他の徴候がある。下肢にも症状がでる。頭部や声はふるえない。
●姿勢時振戦または動作時振戦を誘発する薬剤
抗不整脈薬:アミオダロン、メキシチール、アミサリン
抗生剤、抗ウイルス薬、抗真菌薬
抗うつ薬:トリプタノール、リチウム
抗てんかん薬:デパケン
気管支拡張薬:ベネトリン、セレベント
化学療法剤:タモキシフェン、シタラビン、イホマイド
薬剤の誤用:コカイン、アルコール、MDMA、ニコチン
胃腸薬:プリンペラン、タガメット
ホルモン剤:甲状腺ホルモン、カルシトニン、ヒスロン
免疫抑制剤:プログラフ、ネオーラル、ペグイントロン
キサンチン製剤:ネオフィリン、テオドール、カフェイン
抗精神病薬、ドパミン枯渇薬:ハロペリドール、レセルピン
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